...ships 0 3
 
「おい、そろそろ参ってる頃だろ。上げてやれや」
男の声が倉庫内に響いた。先程のリーダー格らしき男である。
命令により、女を水槽に沈めていた男が顔を引き上げてやる。

しかし空気に触れているというのに女は意識を失ったままだった。
蒼白の顔からは、生気が感じられなくなっている。
「おや〜?さっきの威勢はどこに行ったのかな〜?」
引き上げた男がニヤニヤと笑いを浮かべながら、女の頬を軽く小突いた後、背中を思いきり叩いた。
「…っっ!……げほっ、こほっ、」
女は咳払いと共に息を吹き返し、口から水を吐き出す。
「観念したか?………おい。この女、名前何だったかなあ?」
「上村涼子って書いてありますけど」
リーダー格の男の問いかけに、彼の側にいる男が答えた。
彼の手には女-上村涼子-の警察手帳があった。
「いい名前だね、涼子ちゃん…。正直、ここまで手を折る女も珍しかったよ。…ま、その分楽しませて貰おうか」
リーダー格の男が、満面の笑顔で涼子に告げる。しかし彼の目は笑ってはいなかった。
「本当、この時点でもう犯られてるよ、お前。手間掛け過ぎだろ」
「まあこんなに美人な国家権力とやれるんだから、手間暇かけてもしょうがねえよ」

涼子は彼等のやり取りを耳にはしていたが、まるで遠くの国の出来事のように、呆然としたままであった。
目はどこか虚ろで、焦点も合っていない。
「もう抵抗の意志はないとさ。おい、引き上げろ」
命じられるままに、涼子の身体は男達によって水槽から引き上げられ、乱暴に床に置かれる。
「シャツを脱がせろ」
リーダー格の男は、床に寝かせられた涼子をゆっくりと吟味するように見下ろし、近くにいた男に命令する。
涼子の格好は、黒のパンツスーツに紺のシャツだったが、パンツの上着である黒のジャケットは既に脱がされていた。
命じられるまま、一人の男がシャツを脱がしにかかる。
楽しむように、ゆっくりと一つづつ外れていくボタンに、その場にいる男たちは唾を呑んでいた。

しかし、その中の男一人だけは震えている。
彼は、男たちが涼子の身体に夢中になっている事を良い事に、ゆっくりと後ずさりを始めた。

「おい、いい乳してんじゃねーか!」
静寂を破るように、一人の男が声を出すと、他の男たちも同様に感想を述べ出した。
「たまんねーよ!ブラ早く取れよ」
「焦るなって」
などという男たちの会話により、この男の足音は誰にも聞こえていないようだ。

彼は倉庫の出口まで辿り着くと、ホッとしたように一息ついた。そのまま入り口付近で座り込む。
そして胸ポケットから夢中で煙草を探り、その一本を震える手で口に加え、ライターを探していると…

シュボッ

目の前にライターの火があった。
男は反動で煙草に火を付けるが、直後に我に返る。

-あれ、待てよ…-

カチャッ

男の頭には拳銃が突き付けられていた。
反射的に、男は煙草を銜えたまま手を上げる。

「竹内満雄だな…動くなよ」
小早川だった。
彼は手際良く竹内の右腕を手錠に掛けると、近くにあった鉄パイプの冊にもう片方の手錠を掛けた。
「女が中にいるだろ。他に共犯は何人いる?」
低い声で囁きながら、小早川は拳銃を突き付けたまま竹内に尋ねる。
「…いや、俺は……関係ねぇ。あいつらとは、商売だけで………女は……予想外だった」
頭の中を整理しているのか、呆然としながら呟く竹内に、小早川は苛立ちを隠せない。
「俺の質問にだけ答えろ。中には何人いる?」
「さ…………3人だ……」
「よし。お前はそこでじっとしてろ。いいな」
竹内を置いて小早川は一人倉庫へと向かう。

「…ああ…………こうなって、正直…良かったよ………俺、ああいうの………ダメだ…」
残された男は倉庫の壁に背をもたれて、誰に言うでもなく、ただ呟いていた。


小早川は倉庫の入り口のドアからゆっくりと中を覗き込んだ。
竹内の言う通り、中には3人の男が倒れた涼子を取り囲んでいる。
涼子は下着しか付けておらず、今まさにその一枚であるブラジャーを外しにかかろうと、一人の男が屈み込んでいた。

次の瞬間。
我も忘れて倉庫内へと駆け出す小早川。
男たちが振り返る時にはもう、屈み込んでいた男に飛び蹴りをしていた。
蹴りは男の顎に的中し、男はそのまま後ろに仰け反る。軽い脳震盪を起こしたようだ。
着地と同時に、すかさず小早川はもう一人の男に鳩尾を食らわせた。
「…ぐっ…」
ゆっくりと倒れこみ、そのまま意識を失う男。
そこまでは一瞬の出来事だった。

カチャッ

その直後、小早川とリーダー格の男が拳銃を向け合うのは殆ど同時であった。
二人とも、拳銃を降ろす素振りも無ければ、撃つ気配もない。

しばらく黙って見つめ合っている。
時間がそこで止まった。

「…日本の警察は撃てない。違うか?」
長い数秒の後、男が口の端を吊り上げて沈黙を破る。
小早川は微動だにせず、表情一つも変えていない。ただただ、機会を伺っている。

その時、遠くからパトカーのサイレンの音が倉庫内に届いた。

一瞬、男にも不安の表情が過る。
小早川は淡々とした口調で男に告げた。
「もう逃げらんないよ。諦めるんだな」
男の表情に焦りの色が浮かび始める。
男はじっとりとした汗を顔に張り付かせ、ギョロリとした目を小早川に向けると、拳銃の焦点を再び相手の心臓に据え直した。

…ヤバいな…
小早川は内心苛立っていた。
こういう時の人間は何をするか予測不可能な所がある。
警察に囲まれた所で、この男は自分を撃つ事を止めないだろう。良くて相撃ちかもしれない。

それだけは嫌だった。
応援ももうじきやって来るだろう。涼子の安全はほぼ確保されたも同然だったが、彼女を救助するのも自分であって欲しいし、彼女の今の姿を他人に見られる事にも嫌悪感を覚える。
-他のやつにおいしいとこ取られてたまるかよ-
徐々に近付いてくるサイレンの中、倉庫内は緊迫した空気が高まっていく。

ドンッ!

突如、何かを叩きつけたような音が倉庫内に響き渡った。

不意を突かれ、男は音が鳴った方に目がいく。
小早川はその隙を逃さなかった。すぐさま男の拳銃を持っていた右手を蹴り上げる。

バン!

男の拳銃が、銃声と共に光る。しかし銃口は既に空を向いていた。
拳銃は男の手を離れて空を舞い、地面に落ちていった。
すかさず男に鳩尾を食らわせる小早川。
「ぶっ!!」
口から唾液の飛沫を上げながら、男はそのまま気を失い倒れた。

「涼子さんっ!」
小早川はすぐさま側で倒れている涼子に駆け寄ると、体を抱きかかえて起こす。
涼子の身体は蒼白く、唇は紫色に染まっており、その端から血が薄らと流れている。
どうやら自分で唇を噛み締めて出来た傷のようだ。
「…………」
 涼子の意識はいまだ定かではなく、焦点の合っていない瞳は、黒目が白目の中をゆっくりぐるぐる回っていた。
「涼子さん!」
もう一度、小早川は彼女の名を呼ぶ。
すると、白い海を漂っていた瞳がゆっくりと小早川に焦点を合わせ始めた。
「……こ…ばや…か…わ……?」
ようやく、涼子の口から小早川の名前がか細く漏れた。

こんなに弱い涼子を見るのは初めてだった。
小早川は自分の着ていたジャケットを急いで脱ぐと、涼子の身体を優しく覆い、抱きしめた。
「もう喋らないで………もう、終わったから……」
そっと涼子の耳許で囁くと、安心したように涼子は意識を手放した。
それを確認した小早川は、倉庫の入り口を振り返り呟く。

「ありがとな、竹内」

サイレンの音が止まる。
そしてこれから傾れ込んで来るであろう警官たちの足音が、倉庫へと近付いて来るのであった。

 
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